ファステスト・モーニング〜fastet morning〜
著者:shauna


 一閃必殺の突きをかろうじて避け、アスロックはなんとか態勢を立て直す。
 シルフィリアとの模擬戦を始めて約3分。だが、彼女の実力を知るのには十分すぎる時間だった。
 この試合を始める前、確か彼女はこう言っていた。
 「私も僅かながら剣術の心得があります。ですので軽い指導程度の試合をしていただければありがたいと思いまして。」
 なので、アスロックも本気など出さず、あくまで指導ということで相手の剣筋を見る程度の積りで臨んでいたのだが・・・。
 なんだこれは・・。
 卓越した剣捌きと隙のない足運び。足りないものと言えば―まあ、女性だから仕方がないのだが―剣撃の力。
 あとは、少し剣速が遅いぐらいだが、気になる程の物でもない。
 そんなことを考えているうちにシルフィリアからの強烈な4連撃がアスロックを襲う。なんとか防御したものの、一歩間違えば、おそらく肩と脇腹を抱えて今頃悶絶していたことだろう。
 剣を十字に振ってシルフィリアは再び構えを作る。
 間違いない。彼女の剣術は僅かながらとか心得とかで片付けられる程度ものではない。少なくとも常人が十年以上という時を重ねてやっと得られる程のモノだろう。
 一言で言えば、名人、達人と呼ばれる域。それに、まだ彼女は力を隠しているかもしれない。これで力を抑えているとするなら大剣豪という名を冠されてもおかしくない程に強いことになる。
 指導?何を甘いことを言っていたのだろう。おそらく、本気でやってやっと勝てるかもしれないという領域に彼女は居る。
 アスロックは構えを改め、彼女の方に向き直った。
 「本気でいくぞ。」
 先程まで片手で握っていた棒を両手で握り直し、足もしっかりと整える。
一度大きく息を吐いて呼吸を整える。
 シルフィリアも開いた足を揃え真っ直ぐにこちらへと切っ先を向けた。おそらくは最初と同じ一閃必殺の攻撃。突きは隙が多い分かわし難い。おまけに片手で剣を相手に突きつけ、もう片方の手を緩やかに動かす独特な剣撃のポーズはおそらく元々得意なのが二刀流だという証しだ。それに、彼女の剣術はおそらくは我流。つまり、マニュアル通りの対応なんか一切意味を成さないということだ。
 勝負は一瞬で決まる。ヤるかヤラれるかの真剣勝負。
 そして、呼吸が合ったその瞬間・・。二人が一気に距離を詰めた。
 棒と木刀が風邪を切る音が交差し2本の剣となり、それぞれが互いの脇腹と首を捉えたその瞬間。
 「ストーーーップ!!」
 お互いの剣が獲物をとらえる寸前の所で止まる。みれば、2人の丁度中央。どこから現れたのかアリエスが左右の手にそれぞれ木刀を真剣白刃取りして互いの剣を止めていた。しかし、どこからともなく一瞬であらわれて2人の剣撃を軽々止めるとは・・・・・この男は一体どこまで強いのだろうか。
 驚きに溢れるアスロックがいる一方シルフィリアはどうやら邪魔されたことにブチキレている様子だった。
 「アリエス様・・・。」
 綺麗なサファイアブルーの瞳がまるで親の敵のようにアリエスを見つめる。アスロックですらこれには引いた。当のアリエスは何とか笑ってごまかしている。
 「ごめん!シルフィー・・。でも!ほら!悪気があったわけじゃなくって・・・言ってもすぐに止められそうになかったし、ああするしか・・。」
 「言い訳なんか聞きたくありません。まさか約束を忘れた訳ではありませんよね?」
 「はい・・。ごめんなさい。」
 「まったく・・。次に同じことしたら本気で怒りますからね。」
 「はい。」 
 おそらく決闘中は一切邪魔をしないとかそんな約束でもしていたのだろう。彼女程の腕を持っていれば自分の実力を試してみたくなるのもわかる。なにしろ、自分にもそんな時期があったのだから間違いない。
 「でも、シルフィー・・・そろそろ支度しなきゃマズイ時間だと思うんだけど・・。」
 「支度?何のですか?」
 「・・・。」
 「・・・。」
 その光景も訳も分からず見つめる。しばらくした後にシルフィリアがハッ!と何かを思い出したようにビクッと動いた。
 「シルフィー・・まさかと思うけど・・・忘れてた?」
 「・・・忘れてませんよ。」
 そう言うシルフィリアの目は完全に泳いでいる。何が起こっているのか全く分からないが、とりあえず何か重要なことをシルフィリアがすっかり忘れていたことだけは理解した。
 「シルフィー!!!(怒)」
 立場逆転。キレてたシルフィリアが両手を合わせて謝り、今度はアリエスが説教する。
 「昨日あれだけ『忘れるな』って言ったよね!!昨日の夜も俺『忘れないでね』って念を押したよね。そしたら君は『もし、アリエス様が忘れてたら私の方から言ってあげますよ!』って言ったよね?なのに・・なのに・・。」
 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
青筋を立てて怒るアリエスにただただ平謝りを続けるシルフィリア。でも確かこの二人、主と使用人の関係じゃなかったのか?ん〜・・・面倒な事情がありそうなのであえて聞こうとは思わないが・・。
「いいからすぐ支度!!ベストラとオルクリストは部屋にあるからすぐに着替えて!ティアラと他の荷物は昨日の内に地下に運んであるから!」
「でも・・今アスロック様と試合中で・・。」
「あぁ!!(怒怒)」
アリエスの青筋がさらにきつくなった。
「40秒で支度しろ!!」
アリエスが大声でそう叫ぶとシルフィリアは「ハイ!」と叫んでアスロックに一言「ごめんなさい」と謝って屋敷の中へと消えた。
何がなんだか分かっていないアスロックだが、そんな彼にすぐにアリエスからも謝罪の言葉が飛んでくる。
「ごめんアスロック。試合を邪魔しちゃって・・。」
「いや・・そりゃ構わないが・・・何かあったのか?」
「ああ・・少し今日は予定が入ってて・・ちょっと出かける用事があるんだ・・。」
「アリエス様!!」
二階の窓からシルフィリアの声が飛んでくる。
「私の髪止めのリボンどこですか!?」
「一番左のクロゼットの3段目!!」
「ありがとうございます!うわっ!!」
ガシャーンと壮大な二次災害の音が聞こえた。アリエスが手で顔を覆う。
「あの人・・いつもあんなか?」
「大体ね。」
アリエスが力なく笑った。
「ところで、アスロック。ひとつ頼まれてくれないか。」
「ん?・・。なんだ?」
「実は今日屋敷に子供がくることになってるんだ。」
「子供?親戚とかか?」
「いや、町の子供だよ。ホートタウンには面白い行事があって、一ヶ月に一度、5歳から13歳までの子供だけで外泊をさせるんだ。」
「へ〜・・。でもなんでそんなことを?」
「集団での行動とかマナーとかを身につける為ってのが公な理由だけど・・・親たちにも息抜きをさせる為ってのが本音だな。」
なるほど、確かにガキはうるさくて手がかかるものだ。今まで3年も旅をしてきたが、確かにどの街に言っても子供が騒いでいない所なんて見たことがない。
そして、そんなガキ共の親がする苦労はなんとなくだがよく分かる。
そんな親に休息を与えるシステムがあるとは・・なかなか立派な政治家もいたモノだ。
「で、その子供が今夜泊まるのがこの家なんだが・・。」
「何!?」
「合宿所として貸し出してるんだ。フェルトマリア家は大貴族だし、『貴族は余りある財を使って庶民に施しを行う。』ってのが世の常識でもある。だから無料で貸し出してる。食事、風呂付で。子供からしてもいつもより豪華な料理と広い風呂とそして何より、あの超美人(シルフィリア)と一晩ゲームとかして遊べるわけだがらそこそこに定評がある。」
「へ〜・・で?俺は何をすればいいんだ?」
「そんな重要な日に限ってシルフィリアに予定が入った。しかも断れない相手から。決まったのは一昨日だったし、そのせいで合宿日程もずらせない。つまり、今夜は家を空けなければならないんだ。」
「あんたがここにいるわけにはいかないのか?用があるのはシルフィリアだけなんだろ?」
そんな折にまた音が響く。今度はガラスでも割ったのか、ガシャーンという酷く大きな破壊音と「キャー!!」という叫び声が冬の乾いた空気に木霊した。
「あれを一人で行かせられるか?」
「な・・なるほど・・」
アスロックも納得せざるを得なかった。断れない相手と言っていた所から相手はかなりの地位の人間だろう。もし、そんな所で粗相でもすれば・・・
「家柄の失墜ならまだいい。だが、昔こんなことを言った貴族もいた。」
心を読んだかのようにアリエスが少しキツイ口調で言う。
「『代償は体で払ってもらおうか?』」
アスロックが目を丸くする。え?体でってことはもしかして・・。
「もちろん言った通りの意味だ。なにしろあの容姿にあのスタイルだ。そんなことを言う貴族は今まで何人もいた。」
スラっとした雑誌モデルみたいなスタイルに“綺麗で可愛い”という言葉を具現化したような容姿。それならば確かにそんな要求をされてもおかしくない。
特に権力と金にモノを言わせれば何でも手に入ると思っている貴族連中なら尚。
「それで結局どうしたんだ?」
「その姿を奥さんに見つかってその貴族のおっさんは青ざめてたよ。その隙に俺がシルフィリアをさっさと連れ出した。」
「へ〜・・。」
貴族のおっさん・・。可哀想に・・。きっとその後とんでもないドロドロ小説のような展開が・・。
「彼女は家の外では完璧な淑女(レディー)を演じるから自分から粗相したことは一度も無いけど、それでも財産とか権力とか体目当てに因縁をつけてくる奴らは売るほどいる。だからせめて男が一緒なら襲われることはないだろ?」
 確かに女性が一人でいるよりは優男でも一人ぐらい傍にいた方がいいだろう。それにサングラスをかけて黒のスーツでビシッと決めればボディーガードに見えないこともない。そして、
 「それに、今回は俺もちょっとあの男に呼ばれてるしな・・。」
 最後にサラッと付け加える。
 あの男って誰?
 「さて、話を戻そう。」
 アリエスが僅かな間をおいて静かに話を続けた。
「一晩屋敷の管理を頼めないか?メシは使用人精霊作るし、面倒事はすべて彼女らに押し付けてくれて構わない。君は適当に子供の相手でもしていてくれればいい。もちろん、報酬は出す。5000 リーラでどうだ?」
 ん〜確かに魅力的な金額ではある。元々金はいくらあってもいい・・・・そうだ。
 アスロックの脳が珍しくいい方向へと回った。
「金はいらない。」
 アスロックはハッキリと言い放つ。
「その変わり俺も頼みがある。」
そう言うとアスロックは腰のエアブレードを抜きはらった。
そう、あの折れてとんでもない状態になっている今となっては買い直した方が安いんじゃないかと思われるアレ。
アリエスが思わず「うわ・・・酷い・・。」と声を漏らした。
「これを無料で治して欲しい。買った方が安いかもしれないが、結構愛着があるんだ。元の剣程度にしてくれればそれでいい。」
「いいのか。そんなんで?」
「一晩泊めてもらったしな・・。その上、今朝、飯までご馳走になって、今夜もう一晩宿がタダなんだろ?旨い食事付で。今後旅を続けるには剣は必須だからな。付け焼刃でもなんでもいい。とりあえず元に戻してくれ。」
アリエスはしばらく考えていたがやがて結論を出す。
「わかった。俺からシルフィリアに頼もう。」
「よろしく頼む。」
こうしてまた一つ、アスロックの予定に厄介事が増える事になったのだった。



R.N.Cメンバーの作品に戻る